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名古屋高等裁判所 平成3年(ネ)719号 判決 1992年6月18日

控訴人

北岡主成

右訴訟代理人弁護士

村田正人

石坂俊雄

福井正明

伊藤誠基

被控訴人

園田博和

右訴訟代理人弁護士

牧戸哲

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金三一四九万八九〇四円及びこれに対する昭和六三年四月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、五八四四万〇三五九円及びこれに対する昭和六三年四月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

争点を含む事案の概要は、原判決の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第三争点に対する判断

一控訴人の入通院状況

控訴人の入通院状況については、原判決二枚目表末行の冒頭から同三枚目裏五行目の末尾までのとおりであるから、これをここに引用する。

二損害額

損害額については、次のとおり訂正する外、原判決三枚目裏六行目の冒頭から同一〇枚目表四行目の末尾までのとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決五枚目表二行目の冒頭から同裏三行目の末尾までを次のとおり改める。

「5 義眼取替え費用(九九万八七六〇円) 九九万八七六〇円

前記のとおり、控訴人は失明した右眼に義眼を装填することとなったところ、証拠(<書証番号略>、原審証人北岡健太郎)によれば、この義眼は昭和六三年七月(控訴人満一八歳)に調整されて装填されたのではあるが、およそ義眼というものは、除去部分の周辺又はその奥部の組織に経年変化が生じるため、少なくとも四年に一度の割合で作り変える必要のあることが認められる。控訴人は、本件事故当時(昭和六三年四月)満一八歳であって、昭和六三年簡易生命表によると、控訴人の本件事故当時の余命年数は58.3年であるから、控訴人は今後、平成四年を初回として少なくとも一四回にわたって義眼の取替えをする必要があることとなる。そして、控訴人は、前記の義眼装填に当たり通院交通費を含めて七万一三四〇円の支出を余儀なくされたものであるところ、今後の義眼取替えに要する費用は、まず右の装填からわずか四年を経たに過ぎない平成四年において(第一回目の義眼取替え)すら、採型・色合わせ一回で調整した場合で約八万五〇〇〇円(通院交通費を除く。)、採型・色合わせ二回で調整した場合で約一三万円(同上)を要することが見込まれるような状況になっているのであって、このような状況に照らすと、右の取替え費用は今後回を重ねるごとに更に増えることが予想される(<書証番号略>、原審証人北岡健太郎、当審における控訴人)。

控訴人は、前記の義眼装填の際の費用である七万一三四〇円を一回分とし、その一四回分に相当する九九万八七六〇円をもって、今後一四回にわたる義眼取替えに伴う損害額(元本)と認めるべきである旨主張する。ところで、一般に、将来にわたって費用の支出を余儀なくされることによる損害額の現在高(元本)を算定するに当たっては、現在から支出することとなる将来の時点までの間の中間利息を当該支出予定金額より控除した現価をもって算出する方法が通常採られており、それが合理的な方法の一つであることはいうまでもない。しかし、本件の場合、右に見たように、今後の義眼取替えの費用については、本件事故当時の価格(前記の装填に要した費用)が五十数年間というような長い将来にわたってそのまま維持されてゆくとは到底認められず、却ってこれがかなりの程度で増大してゆく蓋然性が相当に高度であるともいえるのであるから、このような事情等に鑑みると、結局、本件においては、右の中間利息控除による現価算出の方法を採ることなく、少なくとも右控訴人主張に係る金額をもって将来の義眼取替えによる損害の現在高(元本)であると認めるのが相当と判断する。」

2  原判決五枚目裏末行の「二〇八〇万円」を「二八〇八万八三九九円」に改める。

3  原判決六枚目裏九行目の冒頭から同七枚目表八行目の末尾までを次のとおり改める。

「そこで、控訴人の右眼失明という後遺障害による逸失利益額について検討する。

控訴人は、昭和六〇年三月に中学校を卒業し、同年四月に三重県立松阪工業高等学校に入学したが、翌年の七月(高等学校二年生)に同高等学校を中退し、同年八月頃から有限会社出口自動車修理所に自動車整備工見習いとして勤務しており、本件事故直前一年間の収入(賞与を含む)は一八三万七一八三円であった(<書証番号略>、原審及び当審における控訴人)。

そして、前記のとおり、控訴人は、本件後遺障害が固定した当時(平成元年四月)満一九歳であって、本件後遺障害の故にその後の稼働可能期間と認められる四八年間にわたって労働能力の四五パーセントを喪失し、これに伴う逸失利益が生じたものと認められるところ、本件事故がなかったと仮定した場合、右後遺障害固定当時未だ満一九歳という若年であった控訴人のその当時における一年あたりの収入が、その後の稼働可能期間の全体にわたってそのまま据え置かれたであろうなどということは、到底考え難いことというべきであるが、他方、就労者の将来の昇給等を含む賃金体系が十分整備されているとは認められない控訴人の右勤務先において(本件においては、右の勤務先における勤続二九年、四五歳の就労者の場合、平成元年一年間の賞与を含む収入が四〇四万四二二〇円である旨の、右勤務先作成に係る証明書(<書証番号略>)が提出されている程度であって、右勤務先においては就労者の将来の昇給等を含む賃金体系が整備されていることを認めるに足りる的確な証拠は他に存在しない。)、控訴人の将来の収入がどのように変化してゆくはずであったかを的確に予測、想定することもまたもとより容易なことではない。このような状況にある(とくに若年労働者である)控訴人の遠い将来に関する逸失利益を算定することは、中高年労働者或いは昇給体系の整備された就労先に勤務している者の場合に比し、逸失利益の算定自体がある種の擬制を伴うものであるとはいえ、より一層困難であることは否定できないところである。そこで、本件においては、控訴人が高等学校を二年生で中退しているところから、学歴としては中学校卒業のみであるといわざるを得ないことをも考慮した上、本件事故発生の年である昭和六三年度の賃金センサスによる産業計・企業規模計・新中卒男子労働者の一九歳(控訴人の本件後遺障害固定時)から六七歳までの間の各年齢別(二〇歳からは五歳刻み)労働者の年間給与額に相当する各収入を各年齢に達したときに得るものとし、その中間利息をライプニッツ式計算法により控除した各金額の総和である六二四一万八六六五円をもって、控訴人が前記のような労働能力の喪失なかりせば右稼働可能期間中に挙げることのできたはずの収入総額(但し、右の計算法により本件事故時の現在額に換算した金額)と認めるのが相当と判断する。そしてその算出の詳細は、別紙「現価表」記載のとおりである。

したがって、右の総額に控訴人の労働能力喪失割合(四五パーセント)を乗じた金額である二八〇八万八三九九円が本件における控訴人の逸失利益(但し、本件事故時の現在額に換算した金額)と認められる。」

三損害額の減額

損害額の減額については、次のとおり付加・訂正する外、原判決七枚目裏七行目の冒頭から同一〇枚目表四行目の末尾までのとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決七枚目裏九行目の「原・被告各本人」を「控訴人(原審及び当審)・被控訴人各本人」に改め、同八枚目表三行目から四行目にかけての「被告運転の普通乗用自動車」の後に「(被控訴人の所有に係るもの)」を付加し、同枚目裏一行目の「国道上」から同二行目の「これを追い越した後」までを「国道上で生じたものであって、被控訴人は、それまでは右制限速度ないしこれを若干オーバーした程度の速度で走行していたのに、本件事故現場の約一キロメートル程手前付近からいきなり速度を時速約一四〇キロメートルに上げ、走行する二台の普通自動車の追越しにかかり、これを追い越した後」に、同七行目の「そして」を「なお」に、同八行目の「着用していなかったため」を「着用しておらず」に、同九行目の「負うに至った。」を「負うに至ったものである。」にそれぞれ改め、同一〇行目の冒頭から同九枚目表一行目の末尾までを削除する。

2  同九枚目表二行目の冒頭から同一〇枚目表四行目の末尾までを次のとおり改める。

「2 右の事実によれば、控訴人は本件加害車両のいわゆる好意同乗者に当たるということができるが、本件事故は、運転者である被控訴人がそれまでのほぼ制限速度前後の速度を、突然控訴人ら同乗者の意向と係わりなく大幅に上げて先行車に追越しをかけたことにその直接の原因があること、他方、助手席に同乗していた控訴人はシートベルトを着用しておらず、このためシートベルトを着用していた場合に比し、その受けた障害の程度及び損害の額がいずれも拡大するに至ったことが推認されること(助手席に同乗する者にシートベルトを着用すべき道路交通法上の義務まではないが、運転者はシートベルトを着用しない者を助手席に乗車させて自動車を運転してはならないとされている(同法七一条の二第二号)上、今日では、運転者のみならず助手席に乗車する者もまた、シートベルトを着用しているのが一般的状況であるともいえるのであって、容易に着用することのできるシートベルトの着用によって、障害の程度の軽減や損害額の減少を期待することができることをも考慮すると、その不着用という事由を損害賠償額減額の一事情とすること自体は差し支えないことと考えられる。)の外、右に見た控訴人と被控訴人との関係、控訴人が本件加害車両に同乗するに至った経緯、同乗の目的・態様、同乗後本件事故に至るまでの経緯等を併せ考慮すると、本件においては、損害賠償法を支配する衡平・信義則の理念を適用し、前記認定の損害額から一割を減額するのを相当と認める。

別紙 現価表

但し、「(年数)」は、本件事故後の年数を指す。

年齢(年数)

年収(円)

ライプニッツ係数

現価(円)

19(1)

1,965,500

0.9523

1,871,745

20(2)

2,586,300

0.9071

2,346,032

21(3)

2,586,300

0.8638

2,234,045

22(4)

2,586,300

0.8227

2,127,749

23(5)

2,586,300

0.7835

2,026,366

24(6)

2,586,300

0.7462

1,929,897

25(7)

3,137,400

0.7107

2,229,750

26(8)

3,137,400

0.6769

2,123,706

27(9)

3,137,400

0.6446

2,022,368

28(10)

3,137,400

0.6139

1,926,049

29(11)

3,137,400

0.5847

1,834,437

30(12)

3,634,000

0.5568

2,023,411

31(13)

3,634,000

0.5303

1,927,110

32(14)

3,634,000

0.5051

1,835,533

33(15)

3,634,000

0.4810

1,747,954

34(16)

3,634,000

0.4581

1,664,735

35(17)

4,088,800

0.4363

1,783,943

36(18)

4,088,800

0.4155

1,698,896

37(19)

4,088,800

0.3958

1,618,347

38(20)

4,088,800

0.3769

1,541,068

39(21)

4,088,800

0.3589

1,467,470

40(22)

4,494,300

0.3419

1,536,601

41(23)

4,494,300

0.3255

1,462,894

42(24)

4,494,300

0.3101

1,393,682

43(25)

4,494,300

0.2953

1,327,166

44(26)

4,494,300

0.2812

1,263,797

45(27)

4,692,600

0.2679

1,257,147

46(28)

4,692,600

0.2551

1,197,082

47(29)

4,692,600

0.2429

1,139,832

48(30)

4,692,600

0.2314

1,085,867

49(31)

4,692,600

0.2204

1,034,249

50(32)

4,544,400

0.2098

953,415

51(33)

4,544,400

0.1999

908,425

52(34)

4,544,400

0.1904

865,253

53(35)

4,544,400

0.1812

823,445

54(36)

4,544,400

0.1727

784,817

55(37)

4,037,200

0.1644

663,715

56(38)

4,037,200

0.1566

632,225

57(39)

4,037,200

0.1492

602,350

58(40)

4,037,200

0.1420

573,282

59(41)

4,037,200

0.1353

546,233

60(42)

2,871,300

0.1289

370,110

61(43)

2,871,300

0.1227

352,308

62(44)

2,871,300

0.1168

335,367

63(45)

2,871,300

0.1113

319,575

64(46)

2,871,300

0.1060

304,357

65(47)

2,441,500

0.1010

246,591

66(48)

2,441,500

0.0961

234,628

67(49)

2,441,500

0.0916

223,641

合計

62,418,665

以上

したがって、被控訴人が控訴人に対して賠償すべき損害額は、前記二の1ないし9の損害の合計額四三三五万三三〇五円の九割に相当する三九〇一万七九七四円となる。」

四損害の填補 九八一万九〇七〇円

控訴人が損害の填補として右の金員を受領したことは当事者間に争いがない。よって、これを前記損害額(三九〇一万七九七四円)から控除すると、被控訴人が控訴人に対して賠償すべき損害の残額は、二九一九万八九〇四円となる。

五弁護士費用(五六〇万円) 二三〇万円

控訴人が被控訴人に対して本件事故と相当因果関係にある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、本件事故の状況、本件訴訟の経過、認容割合等の事情を考慮すると、本件事故時の現価に引き直し、二三〇万円をもって相当と認める。

第四結論

以上によれば、控訴人の本訴請求は、三一四九万八九〇四円及びこれに対する本件事故の日である昭和六三年四月一七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右理由のある部分を正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。したがって、これと結論を一部異にする原判決は一部不当であり、本件控訴は一部理由がある。よって、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 服部正明 裁判官 林輝 裁判官 鈴木敏之)

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